第606号 断ち切った呪縛
こんばんは。パピーいしがみです。
いよいよゴールデンウィークも今日で終わりですね♪今年はとても良い天気に恵まれましたね。自粛ムードが心配でしたが、それぞれの行楽地も、とてもにぎわったようです。
特に、今回震災を受けた東北地方には、この連休を利用して、ボランティアに行かれたり、
「せっかくお金を使うのなら、それを必要としている方々の為に使いたい」という思いから、
予想されていなかった東北自動車道が大渋滞をしたり、被災した松島がとてもにぎわった・・・というニュースを見聞きして
「人の為に何かをしたい」とお考えになっている方は、こんなに沢山いるんだな~、と感動しました。
さて、さて、今日のメルマガですが、
題名を「断ち切った呪縛」としました。前回まで「こんな私なんて」という内容でお話しさせて頂いていましたが、今回は、そんな「私なんて」という気持ちを振り切ったお話しです。
ヒツジの親子さんからメールを頂いた時、きっと沢山のお母さん達の励みになるだろう♪と感じました。
それでは早速ご紹介しますね(^^)。
ココから・・・
お久しぶりです。ヒツジの親子です。
連日の余震と、原発の問題。心を痛めるばかりです。
原発も余震も一日も早く良くなることを願って、魔法の言葉を言わせてもらっています。
さて、2月の下旬にフォローメール2年目が終了しました。本来であれば、もっと早くにメールをしたかったのですが、
3月に地震があり、その後に親子で体調を崩してしまったこと(百日咳でした)、学童クラブの役員の仕事で、体調が良くないにも関わらず、ほぼ徹夜の状態で連日作業をしていたら、なかなか体調が回復せず、今になってしまいました。
現在は体調も落ち着いております。(とはいっても、完治するまでにはもう少しかかるようなのですが…)
百日咳は、喘息等にも間違えられやすいようですが、春先は百日咳がはやるようですので、周囲の方で、咳が止まらない、夜になると熱が出る、喘息のような症状がみられる等がありましたら、お気を付け下さい。
さて、2年目のこと。本当に最悪でした。
最初は、うまくいっていると思っていたのですが、夏前には問題が発生し、秋には子育てが苦痛となり、
11月ごろからは、子供を殺してしまうのではないか、という位の憎悪が芽生えてしまいました。
12月の個人面談では、娘の担任から、
・はじめから「できない」と決めつけて挑戦しようとしない
・挑戦しようとせずあきらめてしまう
・極度に失敗を怖がる
との指摘もうけました。
それはものすごく落ち込み、「頑張っているのに、どうしてこうなってしまうのだろう?」と自己嫌悪に陥りました。
でも、本当に恵まれていたのと思うのですが、この担任が、子育ての相談にのってくれたんです。
いろいろなことを話したのですが、一番印象に残っている担任の話が、「仕事のかわりならいくらでもいる。おばあちゃんでも学童でも(一時的に)子供の面倒をかわりに見てくれる人だっている。
でも『○○ちゃんのお母さん』のかわりだけはいないんです。誰も『○○ちゃんのお母さん』にだけはなれないんです。
だから、子育てが嫌になったら、おばあちゃんに預けて出かけてもいいし、仕事を休んで小旅行に行ってもいい。
ただ、突然、いなくならないで下さい。突然いなくなると、子供は悲劇です…。逃げたくなるほど追い詰められる前に、気分転換して下さい。
○○ちゃんのお母さんのかわりだけは、誰もなれないのですから。」というものでした。
私、ハッとしたんです。ずっと、娘の親として生きていくことを逃げてきたのだ、と気づいてしまって・・・。
「子供と向き合うんだ」と思っていなら、心の奥底ではずっと「私に育てられなければ・・・」とか「私なんて・・・」と、心から子供と向き合うことに逃げている自分がいたことに気付き、情けなくなりました。
でも、同時に、もう逃げるのはやめようと思いました。(逃げても、辛い状況は何も変わらないですから・・・)そのかわりに、
「私は、生涯、わが子の親として生きる」そう決心して、何度も口に出しました。
はじめは、宣言することに、ものすごく抵抗がありました。そして、怖さを感じました。
なんで怖いと思ったのかはよくわからないけれど、心に抵抗を感じていました。
でも、何度もそう言っているうちに、ふと、気持ちが楽になりまして・・・。「私は、娘の親として生きていいんだ」そう思えたんです。
おかしな話ですが、私は自分自身が「わが子の親として生きること」に『×(バツ)』をつけていたようです。
「私には、娘の親としての資格がない」そう決めつけていたんですよね。
私が子供を産もうと思った本当の理由は、「自殺する前に妊娠・出産くらいしておくか・・・」という軽い気持ちからでした。
当時「うつ病」だったにしても、とても無責任なことだと思います。
でも、結局は、子供を道連れにして死ぬこともできなかったし、子供を育てるために離婚しました。
やっていることは無茶苦茶だし、私の無責任な行動の結果、娘を大変な人生に巻き込んでしまった・・・という罪悪感。
それが「私には、娘の親としての資格がない」という気持ちをずっと抱く結果になりました。
でも、娘の親として、一生子供と向き合っていくんだと覚悟を決めた時、罪悪感がなくりました。
私の中の「思いこみ」という壁がなくなったのかもしれません。「どんなにダメな親であろうと、娘の母親は私だけなんだ」そう思えたこと。
「どんなにダメな親であろうと、娘の母親は私でいいんだ」と自分自身に許可できたこと。
それからは、娘に対して本当に向き合えるようになった気がします。
『私は、親になったんだ』やっとそう思えるようになりました。それ以来、娘はとても変わったような気がします。
娘は今、沢山のことに前向きに挑戦しているんですよ^^
5年間嫌がり続けたスイミング・・・自分から「通う!」と言い、2月から週2回通っています。少しでも早く進級したくて、短期水泳教室に自ら参加を決めました。
無事進級もして、今や、レッスンでは一番先頭で泳ぐなど、とても積極的です。
体操教室(市の体操協会主催/月2回)と地元の陸上クラブ(市の陸上競技会主催/週1回)の参加を“自ら”決めました。とても楽しみにしています^^
どちらも、即結果を出すようなものではなく、小学生のうちは、小学生の体の発達に見合った練習を行い、中学生以降に伸びていくような、中長期的な視点で指導をしてくれるので、安心して預けられます。
それと♪
担任から言われていた「挑戦せずにあきらめてしまう」という指摘。これは見事に解消したようです。
私が親として生きていく決心を決めてから、娘もいろいろなことに挑戦しだしました。
とはいっても、正直結果が伴わないこともいろいろあったのですが、それでも挑戦しようと気持ちが強く、最後まであきらめないんです。
結果ではなく、頑張ってきた過程を自分自身でも評価するようになったと思います。その結果3月に持って帰ってきた通知表の生活面の評価において、「あきらめず最後までやり遂げようとする」等が高い評価となりました。
おまけに、「周りのことによく気がつき、掃除を率先してやるなど、奉仕の心があります。これは教わったからできるものではありません。」などと、奉仕に対する評価も高く本当にうれしかったです。
12月、指摘を受けたことがすでに全て解消してしまったんですね。
今、私と娘の間では、①壁を乗り越える。②自分の嫌な感情を捨てない(無視しない)がブームです。
①は、勇気を出して、どんなことにもとりあえず挑戦してみる
②は、どんな感情(プラスだけでなく、マイナスの感情)であっても否定しない。
それと、どんな自分(感情)であっても、自分の大事な一部だから、自分自身が否定せず、とりあえず受け入れてみる、というテーマでやっています。
両方とも、とても大事なことだと思ってるので、娘と考えを共有しています。
最近では、私がイライラしたり自己嫌悪に陥っていると、娘が、以前私が教えた心理用法で”私を”癒してくれるんですよ^^
ココまで・・・
ヒツジの親子さんからこのメールを頂いた時、是非、メルマガで皆さんにご紹介したい、と強く思いました。
なぜか?というと私達「親」が『覚悟』を持って『決意』をすると、こんなにも子供に影響を与えるんだ、というまさに典型のようなケースだったからです。
ヒツジの親子さんは、とても大きな罪悪感をお感じでした。
“私が子供を産もうと思った本当の理由は、「自殺する前に妊娠・出産くらいしておくか・・・」という軽い気持ちからでした”
“当時「うつ病」だったにしても、とても無責任なことだと思います。でも、結局は、子供を道連れにして死ぬこともできなかったし、子供を育てるために離婚しました”
“やっていることは無茶苦茶だし、私の無責任な行動の結果、娘を大変な人生に巻き込んでしまった・・・という罪悪感。それが「私には、娘の親としての資格がない」という気持ちをずっと抱く結果になりました”
とありましたね。
きっとお子さんを出産する前のヒツジの親子さんには、大きな悩みや苦しみが有ったのでしょう。
自分の未来を考えるよりも、そんな悩みや苦しみから簡単に逃れる方法(自分と子供の命を絶つ事)をお考えだったのだと思います。
“「子供と向き合うんだ」と思っていなら、心の奥底ではずっと「私に育てられなければ・・・」とか「私なんて・・・」と、心から子供と向き合うことに逃げている自分がいた”
とありましたが、ご自分の中で、重い十字架を背負って生きて行くようにお感じになり、過去を悔やまれていたのだと思います。
過去は過去。それは分かってる。でもそれを自分の中で許せない。過去は過去として納得し新しい未来に踏み出す事ができない。そういう事はとっても多いと思います。
でも、私は、そのお気持ちは「自責の念」であり、ヒツジの親子さんが正しい道を選んだからこそ起きた気持ちであり、苦しくても生きて行く事を選択したからこそ!だと思うのです。
悩み苦もうとも『前を向いて下さった』という証拠なんですね。
今回、娘さんの担任の先生の言葉によって、ヒツジのお母さんは、過去の呪縛から解き放たれたようです。
でも先生の言葉はそのきっかけであって、解き放たれる為には、ご自分が『切り離そう』とされたからです。
そしてそれが『覚悟』であり『決意』だと私は思うのです。ヒツジの親子さんもこう言われていましたね。
“「私は、生涯、わが子の親として生きる」そう決心して、何度も口に出しました。はじめは、宣言することに、ものすごく抵抗がありました”
“そして、怖さを感じました。なんで怖いと思ったのかはよくわからないけれど、心に抵抗を感じていました。”
『覚悟』をすること。『決意』をすること。これはとても怖いんです。抵抗があるんです。
怖いからこそ、抵抗があるからこそ、そこを踏み切る為に「覚悟」「決意」が必要なんです。
大地にできた大きな割れ目を飛び越えるのと同じです。「向こう岸に行きたいけど、落ちたらどうしよう?」
誰だってそんな風に、とても不安になるんです。だからどうしても踏み切ることができない。
その怖さに負けて「恐怖から逃げる」もしくは、「目をそむけ先送りにする」選択をしてしまうんですね。そして私達の未来はその選択の結果になるのです。
※「何もしない」というのも、「何もしない選択」をした事になんです。
ヒツジの親子さんも言われていたのですが、(逃げても、辛い状況は何も変わらない・・・)なんですね。
今回、ヒツジの親子さんは、恐怖に打ち勝ち、勇気を出して、大きな割れ目を飛び越えてくださった。
その結果、たどりついた向こう岸には今まで見たり感じたりしたことの無い世界が広がっていたようです♪
娘さんも、すごく明るく積極的になってくれたようですね♪そして、こんな風にメールを下さいました。
ココから・・・
子育てがとっても楽になりました。
これから先も、娘は、飛びぬけて何かできる子ではないかもしれません。「どんな育て方したの?」と言われることも一生ないと思います(↑1度位言われてみたかったなぁ。。。笑)
そして、たぶん私は、他の子達をみて、「うらやましい」と思うことも沢山あるだろうと思います。
それでも、やっぱり『わが子が一番かわいい』と思えるようになったこと、何があっても「娘の人生だし、まぁ良いか」と気楽に考えられるようになったことで、
良い意味で適当に子育てをやれるようになってきた気がします。
罪悪感。今でも、時々罪悪感で心がざわつくことがあります。それでも「娘の親として生きていく」と決めてからは、子育てに対して、ブレがなくなりました。
ブレないから、どんなに良いと言われる子育ての方法であっても振り回されない(笑)
だからと言って、否定するわけでもなく、「そういう考えもあるんだぁ」と思える。私には、私なりの子育て方法があるので、今は、子育てが非常に楽で、適当にできるのだと思います。
ココまで・・・
すご~く、楽になっておられるのが感じられますよね♪肩肘を張らずに、子供さんとの毎日を楽しんでいるように感じます。
それは“何があっても「娘の人生だし、まぁ良いか」”と思えるようになった為だと思います。
そう「私は私でいい」「この子はこの子でいい」なんですね。
もちろん“わが子が一番かわいい”と思えるようになった事。これが娘さんの変化に大きく貢献してくれたのはいうまでもありません。
いいな~♪すごくいいですよ~(^^)
ヒツジの親子さんは、
“これから先も、娘は、飛びぬけて何かできる子ではないかもしれません。「どんな育て方したの?」と言われることも一生ないと思います”
と書かれていましたが、私はそんなことないのでは?(^^)と思っています。
「楽しみ」や「喜び」を持って、積極的にいろんなものに挑戦し始めた娘さんは、きっと大きく化ける!と私は思います。
近い将来が楽しみです。又、ご報告頂ける事をお待ちしていますね♪貴重なお話をありがとうございました。
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